チャミ子が十歳になりました。
ハスキーの十歳は人間の年齢では七十歳近いそうです。
体力も衰え始めていき、自然と公園からも遠ざかり他の犬との接触も嫌がるようになって
眼差しも優しく、活気が少し落ちてきた。
そんなチャミ子が愛おしく、私達は益々愛情を注いでいきました。
チャミ子ずっとママと一緒ヨ!ママを置いて行かないで!
(犬の生命は短いと知りつつ)自然に口に出してしまうのです。
チャミ子はそれに答えようと一生懸命元気に振舞ってくれました。
相変わらず病気には無縁。でも、ここに私達の落とし穴があったのです。
口に出して言えない、態度にも出ない、顔にも出ない、そして最後まで頑張る!
〝飼い主に心配させないと〟私達は何でもチャミ子の事は分かっていたはずなのに
この時、既にチャミ子の体が病に冒されていたのです。
十三歳六月(人間の年齢でいえば八十歳位です)
便が少し柔らかくなってきました。
今思えばこの頃から病気の始まりだったのでは・・・
そのときは年のせいだと思った。
そして、時々嘔吐する、年だから?
食べ物が合わないのではと思いフードを替えたり食事を作って食べさせたり
チャミ子は食べるのよネ
運動も普通だから気付かなかった
本当は体調が悪く辛かったのでは・・・

おかしいと思い病院に連れて行った時、先生は下痢くらいと思ったのか五日間して治らなかったら検査しよう!と薬と注射で帰ってくる。
その後は激しく嘔吐する
食事も受け付けない状態で心配になり、往診を頼んですぐ血液検査と点滴と注射をするが、益々病状悪化。
急いで掛かりつけの病院に行った時先生に今夜がやまと言われました。
エッ?チャミ子がいなくなる?
うそでしょ?頭の中が真っ白に・・・チャミ子!頑張って!と私の声にチャミ子は目を大きく目を開けて頑張ろうとしている
もう駄目なら家につれて帰って余命を家で看取ってやりたい
でも、チャミ子の頑張りなら奇跡も起きるかも・・・
一晩賭けてみようと祈る気持ちで帰宅する
家族で祈ったのが通じたのかチャミ子は頑張ってくれました。
先生も『凄いな~よく頑張ったな~』とビックリ!
よーし!チャミ子が頑張るなら先生も頑張る!と一生懸命やってくれました。
次の日、チャミ子にオシッコをさせに外に出した時
嬉しそうに家に帰れると思ったのか私の車を探すのです。
私はその時治ってくれると信じていたから『まだ帰れないの、治ってから帰ろうネ!』と再び病院の中のゲージに入れた時のチャミ子の悲しそうな顔が忘れられません。
また一晩明けて、先生が『オシッコが出ない』と言うのです。
かなり進行していて手が付けられないと言われました。
あんなに頑張ったのにやっぱり駄目だなんて本当に可哀想。
治療も出来ないのならここで死を待つより自宅につれて帰ろう!
『チャミ子、お家に帰ろうネ!』と言うと
目を大きく開けて嬉しそう。車に乗せた時、目を輝かせ“これが病気か!”と思うくらい良い顔をしてました。
自宅に着いたとき、自分の居場所を見回して本当に嬉しそう。
やっぱり連れて帰って良かった。
これからいつまで生きられるか分からないけど精一杯介護しよう
チャミ子の部屋に布団を持ち込んで一緒に寝ると、.あんなに荒かった呼吸が少し落ち着いて、顔を突き合わせて思い出話。
『チャミ子は話が分かるのよ!』
泣いてはいけないと思いながら涙が止まりません。
私達はあと2年~3年は一緒にいられると思ったから〝大ショック!〟私が側を離れると『キュー』と小さな声で鳴くのです。
痛いのか、苦しいのか、悲しいのか、病院から頂いた痛み止めの座薬を使いながらちゃみ子は一睡もしないで痛みに耐えている
私もずーっと側に付き添って痛々しいちゃみ子の姿に胸が張り裂けそうな思い・・・
その時、ちゃみ子は本当は病院の方が楽なのでは?
でも、あんな小さなゲージに入れられて死を待つよりも
あんなに嬉しそうに帰ってきたのだから、助からないのなら私の胸の中で 永遠の眠りにつかせてやりたいと苦しい選択をする。
翌朝、頑張るチャミ子を少し眠らせてやりたいと病院に往診を頼むが来てくれず
睡眠薬を取りに行くが眠るだけの量はくれず、苦しそうに声を上げるチャミ子。
(その時私は、犬は人間の十倍の痛み苦しみに耐えられる力を持つ動物と言われていますが
これも人間の勝手な想像で、本当は同じだと思います)
なんとか痛みだけでも和らげて欲しいと再度電話するが、先生はもう何もする事はないと言う
こんな時チャミ子はどう思っているのでしょう。
私は十三年間チャミ子に安らぎをと幸せと楽しい想い出を沢山貰いました。
チャミ子に一分一秒だって長く生きて欲しい。チャミ子だってきっと生きたいと思っているよネ!私のこんな思いがちゃみ子を頑張らせて苦しい思いをさせているのでは?という思いにかられる。
そして私はいいたくない言葉を口にするのです
『チャミ子、こんなに頑張ったんだからもう頑張らなくていいヨ!ずーっと一緒だからもう眠っていいんだヨ!』
色々考えてオロオロする私を察してか、その三時間後、涙を流して(きっと感謝の気持ちだと思います)静かに息を引き取りました。
平成十六年六月二十七日 永眠 十三歳三ヶ月〝さよならチャミ子〟
私達はチャミ子と出逢って本当に幸せでした。チャミ子もそう思っているよネ!
六月二十七日突然の別れの日が来てしまい残念で残念でなりません。
まだまだ一緒にいたかった。
チャミ子だって死ぬとは思っていなかったよネ!
最後の頑張りは凄かったもの!
チャミ子は、賢くて優しくて皆から好かれていました。
そんなチャミ子が自慢でした。
十三年前、シベリアンハスキーが我が家にやって来た。
生後五十日の子犬はチャミ子と名付けて
本当にやんちゃでお転婆娘でよく私達を困らせましたが、そんなチャミ子が可愛くて可愛くて私達家族にとって良い活力剤になってくれました。
チャミ子に教えられることも多かった。
通じないときは手を齧って教えてくれました。
チャミ子も私達の言葉をよく理解してくれました。
こんなチャミ子が私達の前からいなくなった心の支えを無くした寂しさ悲しさ
チャミ子の存在が我が家ではいかに大きかった事でしょう。
チャミ子、一生忘れないよ!ありがとう
安らぎと幸せをありがとう
平成十六年六月 病名 急性膵炎